2006-11-22
§ **[clip] レーザーガイド補償光学のファーストライト成功 〜すばる望遠鏡の視力を10倍にするレーザーガイド補償光学!〜(NAO-J)
すばる望遠鏡の新補償光学システムとレーザーガイド星がファーストライト、というお話。すばらしい!きゃー! あ、えーと、これはちょっと説明が必要かもしれませんね。以前も同じような説明をしましたが、誤解している人もいるようなので、もう一度やりましょう。~ Twinkle, twinkle, little star...(Garbage Collection) さて、すばるのニュースリリースにも「性能10倍」なんていう言葉が踊っていますが、これはちょっと誤解を呼びそうな表現です。確かに、このシステムを使うと、使わないときに比べて星の見え方に10倍近い差が出ます。ただし、これまでもすばる望遠鏡は既存の補償光学システムを使って物理的な限界にかなり近い能力を出していました。ここで言う「10倍の性能」はこれまでも出ていたんです。でもこのシステムには限界があって、限られた時間、限られた場所でしか使えませんでした。今回の改良は、単純に「10倍見えるようになった」ということではなく、むしろ「いつでもどこでも最高の性能が出せるようになった」というものです。 地上から星の光を捉えると、風や熱のせいで星の像がゆらゆらと揺らめいて見えます(星が瞬いているのを見たことがありますよね)。あの揺らめきのせいで、望遠鏡は本来持っているはずの性能が出せません。「補償光学(Adaptive Optics:AO)」というのは、この揺らぎを光学的に打ち消してしてしまおう、という技術です。補償光学なしでは0.6秒角(1秒角は3600分の1度)離れたものしか見分けられなかったものが、このシステムを入れると0.06秒角前後まで性能が向上します。まあ、サッカーボールしか見えなかった望遠鏡が、ビー玉が見分けられるようになる、という感じでしょうか。分解能だけを比べれば、ハッブル宇宙望遠鏡をはるかに上回る性能が出ます*1。天文学者が喜ぶのも分かるというもの。すばる望遠鏡では2000年12月の導入以来、この補償光学システムを使って数々の成果を挙げてきました。 理屈は簡単。「リアルタイムで大気のゆらぎを測って、それに合わせて鏡をゆがめてあげれば星の像は元に戻るはず」 うむ、確かに。でもこれ、言うのは簡単ですが、実現するのは大変です。たとえば、焚き火の向こうでゆらゆら揺らめいている像を、手に持ったやわらかい鏡を曲げて元に戻すことを考えてみてください。焚き火のゆらゆらに合わせて、鏡をまったく同じようにくにゃくにゃさせる必要があります。ゆらゆら、くにゃくにゃ、これはなかなか大変です。すばやく正確に揺らぎを測って、とても正確に鏡を制御しなくちゃいけません。たとえば、今回の新システムでは毎秒1000回の補正をします。まあ、人間の手でやるのは不可能ですね。 さて、今回の一つ目の新機能は「188素子の補償光学システム」。これは、入ってきた光を188分割して、それぞれがどれくらい歪んでいるかを測り、188箇所ゆがめることができる鏡を使って、星の光を元に戻すことが出来る、ということです。この分割数が増えればより細かく歪みを補正できるのはわかりますよね。これまですばる望遠鏡に付けられていた補償光学システムは36素子でしたから、大変な性能向上です。これにより、よりシャープな像が得られるというだけでなく、これまでのシステムでは補正できないような条件(つまりゆらぎが大きい)や、より短い波長でも補償光学を使うことができるようになります(可視光領域でも限界まで性能を引き出すことはできないものの、かなり効果があるとのこと)。つまり「いつでも補償光学」ですね。 もう一つは「レーザーガイド星」。先ほどの焚き火の例を思い出してください。焚き火の向こうにあるものの形が分からなければ、像を正しく元に戻すことができませんよね。もちろん天文学者が見たいのは未知の天体ですから、誰もその形を知りません。どうすればいいか。そう、近くにある既知の天体の歪みを測って、未知の天体に適用してあげればいいんです。この既知の天体が「ガイド星」。でも、そんなに都合よく観測したい天体のそばに既知の天体があるとは限りません。そんなわけで、これまでは全天のわずか1%にしかこのシステムを使えなかったんです。「じゃあ人工の星を作ってあげれば、どの場所でも補償光学が使えるじゃないか」これが「レーザーガイド星」です。高度100kmぐらいのところにあるナトリウム層に特定の波長のレーザーを照射してあげると光路が光ります。これを星の代わりにしようというわけ。このレーザーガイド星があれば、星空のどの位置でも補償光学の恩恵を受けることができます。つまり「どこでも補償光学」です。 今回の性能向上は何がすごいって、「すごい性能をいつでもどこでも発揮できるようになった」というのが「すごい」んです。これまで限られた時間、限られた対象にしか最高の性能を発揮できなかったすばる望遠鏡が、いつも最高の性能を出せるようになった。これは本当にすばらしいことです。このシステムが本格的に運用されれば、これまで以上の成果を挙げてくれるのは間違いないでしょうね。楽しみ!*1 宇宙望遠鏡の有利な点は「大気のゆらぎがないこと」だけではないので、宇宙から観測する意味がなくなるわけじゃありません。
§ ***報道機関各社の記事
さて、恒例の(恒例じゃ困るんですが)、各社の報道です。~
ref.すばる望遠鏡が真価を発揮−新補償光学システムによる試験観測に成功(AstroArts)~
ref.すばる望遠鏡の解像度10倍、世界最高レベルに(Yomiuri)~
ref.レーザー光で「にせの星」、暗い星も10倍くっきり観測(asahi.com)~
ref.すばる望遠鏡:「視力」を10倍アップ 国立天文台が開発(Mainichi)
AstroArtsはさすが、すばらしい記事です。でも他の一般報道機関は各社とも微妙に誤解してますね。
今回のニュースは、「新しい補償光学システムとレーザーガイド星の2つができたよ」という話。各社共にこの二つが混ざっています。ゆらぎを取り除いて10倍の性能を引き出すことはこれまでのシステムでもできました。それが「いつでも」(新AOのおかげで条件が悪くても)、「どこでも」(レーザーガイド星のおかげでガイド星がないところでも)使えるようになった、というのが新機軸なんです。
ただ、元のすばるのニュースリリースそのものが、あたかも今回の改造で分解能が0.6秒角から0.06秒角に高まったかのように取れる文章ですから、誤解するのも仕方ないのかもしれません(ただ、今回のリリースからリンクされている2000年のリリースを見れば、当時から0.07秒角の性能が出ていたのは分かるはずなんですが)。まあ、「改造しました!性能10倍!」というのは分かりやすくて、聞こえもいいですが、ちょっと、ねえ。
日曜日はお疲れ様でした。<br><br>記事は専門家が書いているか内容で分かりますね。<br>TVNewsや新聞記事はわかっていない人が書いていても<br>それなり無難にまとめていますが詳細ポイントは???と<br>間違った説明が多いのも事実ですねぇ(−−;<br><br>それでわ〜
いえいえ、お誘いありがとうございました。<br><br>まあ、今回に関しては天文台のリリースもちょっと分かりにくかったですからね。<br>新しいシステムの優れた点を説明するのに、「古いシステムの性能」と比べるんじゃなくて、<br>「まだシステムが入っていなかった頃の性能」と比べるのは、ちょっとずるい気がしますね。<br>せっかくすばらしいシステムなのに、その特徴がちゃんと伝わっていないのは残念です。
SHUNです。いつも日記楽しく拝見しております。isana様と連絡をとりたいのですが、一度メール頂けますか?