2003-05-09
§ ジャックナイフのコツ
ひさしぶりに、自転車の話をしましょう。もうお忘れ/ご存じないかもしれませんが、私はMTB乗りです(へっぽこですが)。ずいぶん前に、JunkyardReviewで空を飛ぶための道具だとか重力とダンスだとか書いた覚えがありますが、今日はそういうお話です。
さて、自転車のあまり役に立たない技術の一つに『ジャックナイフ』という技があります。
ブレーキをロックさせて、後輪をひょいっと上げてみせる、というかっこ良いんだか良くないんだかよく分からない技です。自転車のブレーキをロックして前転したことがある人はここを見ている人でも1人や2人じゃないと思いますが、あれを前転寸前で止める感じ、といえば分かるでしょうか。
具体的な方法は、ネット上にけっこう沢山転がっています。ただ、なぜか、世間のHowToページには動きの説明はあっても、乗ってるときの感覚を説明したものはあまりありません。せっかくですから、そちらを中心に書きましょう。
絵を見ながらのほうが分かりやすいので、以下のページを参照してください。 具体的な方法も、分かりやすく説明されているのでおすすめです。 http://www.katch.ne.jp/~isog/tech12.htm http://www.ne.jp/asahi/mtb/trial/motomu/jackknife.html http://member.nifty.ne.jp/AEMM/HOW-1.html
色々なHowToページで、フロントを押し込む、足をしゃくると、書いてありますが、あくまでこの動きの中心点は前輪の接地点です。こう書くと当たり前ですが、乗っているとたいがい忘れます。どんな方法にせよ、「ハンドル越しに見えるあの一点を中心に世界が回転している」という身体感覚を掴むのが一番の早道かと思います。なんだか禅みたいですが、本当です。
さて、始めましょう。ゆっくり、歩くぐらいのスピードでアプローチします。ふらついたりせずに、安定した姿勢が保てる最低のスピードで充分です。普通の走行スピードでやったらまず間違いなく前転します。
前加重ぎみ(最初はハンドル7、ペダル3ぐらいがやりやすいと思います)で両方のブレーキをロック(ガキン、ではなく、きゅうっ、という感じです)。ここで慣性に逆らわずにペダルに残っていた加重をすっとハンドルに移しながら、加重の抜けた足をたたんでやると、ふわっと後輪がついて来ます。同時にその位置に体を残すように、遠ざかっていくハンドルを送り出してやります。感覚的には前輪の接地点を軸に回転するMTBの動きを邪魔しないように、腕を伸ばしながら足をたたむ、という感じです。
オーバースピードになっていなければ、重心は常に前輪の接地点の手前にありますから、前転はしません。逆にいえば、あの点を超えないように上に逃げるという感じが近いかもしれません。「あ、早い」と思ったら、フロントブレーキを解除すれば後輪は落ちます。
アプローチの時の前加重は慣れれば5:5でも、1:9でも同じです。ようするに慣性の法則に逆らわないスピードで後輪の加重が抜ければ後輪は上がります。ジャックナイフの高さを決めるのは、このときの荷重移動のタイミングとスムーズさです。アプローチのスピードは高さとあまり関係ありません。
さて、一瞬の無重力の後に、後輪が落ち始めます。今度は逆に、たたんでいた足を伸ばしながら、ハンドルを手前に戻します。つまり、さっきと全く逆の動作です。体の重心の位置は変化しません。上手くいけば、後輪はほとんど音を立てずに、すとん、と接地します。あとは、落ち着いてブレーキを開放し、足をつかずに走行状態に戻ります。後輪を落とした反動でそのまま後ろに下がるという動きにつなげることもできます(ペダルが空転しないので、意外と難しいです)
この一連の動きを外から見ていると、前輪の接地点からの垂直軸と、体の重心から接地点へ引いた線の角度は常に一定です。この角度が垂直に近づけば近づくほど、高度も滞空時間も長くなります(当然、前転のリスクも高くなります)。
感覚的には、後輪が上がり始めてから接地するまで、自分と前輪の接地点との位置関係はほとんど変化しません。MTBも自分の体もかなりダイナミックに動いているのに、その動きは全て相殺されてしまいます。世界が激しく動いているのに、その動きの中心と自分の意識だけが一定の距離を保ったまま静止している。この感覚は、ジャックナイフに横回転を加えるジャックナイフターンをやっているときはさらに顕著です。
では、皆様。くれぐれもお怪我のなきよう。
ある掲示板へのコメントとして書き始め、興に乗って書くうちに長くなりすぎたのでJunkyardReviewに掲載しようと思ったが、あまりに偏っているので、こちらで公開。
§ flying gear (再掲)
ひさしぶりに、自転車の話をしよう。
動いているものを見るためには、精神は静止している必要がある。狂ったみたいなスピードで山を下っているときも、街中で人の流れをすり抜けながら走っているときも、精神状態は限りなく静止に近い。
加速する程に、精神の分解能が上がっていく。指先でなぞるように、路面の細かい変化を全身で感じ取る。激しい振動と姿勢変化の中で、精神はまるで空中をすべるように滑らかに移動する。
世界が自分の周りで刻一刻と自分との相対位置を変える。一定の距離を保ちながらその動きに追従する。流れに逆らわないように、世界の動きに自分の動きを重ねていく。まるで、重力とダンスを踊るように。
そう、自転車は空を飛ぶための道具なんだ。
(2001.11.14 JunkyardReview)