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2017-12-20 北朝鮮の「静止衛星」の飛翔経路予測

§ もし北朝鮮の打ち上げが本当に静止衛星だったとしたら?

各種のメディアの報道や関係者の談話などから、北朝鮮が100kgの「地球観測衛星」と1tの「静止衛星」の打ち上げを準備しているらしいという噂が流れています。

現時点(2017年12月)では詳細は全く分かりませんが、「地球観測衛星」の方は基本的にこれまでと同じと考えていいでしょう。問題は北朝鮮としては新機軸となる「静止衛星」です。もし、北朝鮮が静止衛星を打ち上げるとしたら、どのような飛翔経路を取ることになるのか?そもそも、どれほど現実味がある話なのか?日本政府がこれまでと同様の対応を取るとしたら、公式には"北朝鮮による「人工衛星」と称するミサイルの発射"ということになり、人工衛星の打上げとして扱われない可能性が高いですが、例のごとく本項ではあえて「静止衛星の打上げだったとしたら」という仮定のもとに分析をしてみたいと思います。

なお、2012年、2016年に行われた北朝鮮の人工衛星の打ち上げ、また今後打ち上げられる「地球観測衛星」の打ち上げについても下記のエントリが参考になると思います。一部の内容は本稿にも転載し、さらに加筆しています。

2012-12-10 北朝鮮の「人工衛星」の飛翔経路予測

※以下、図版はクリックすると大きい画像が開きます。

§ 衛星打ち上げと弾道ミサイル(再掲)

よく勘違いされる部分なので、過去のエントリから人工衛星打ち上げと弾道ミサイルの違いについての記述を転載しておきます。

人工衛星というのは、狙った高度で地球を周回するのに必要な速度を出すのが最終目的。つまり地面と水平方向の速度をいかに出すかが問題になります。今回の高度500kmでは秒速7.5kmほどです。逆に弾道ミサイルは文字通り弾道軌道、弓なりの軌道を取って、なるべく真上からターゲットを狙います。これはそのほうがずっと少ないエネルギーで正確に標的を狙うことができるからです。

衛星を打ち上げることができれば世界中どこへでもミサイルを落とせるんじゃないかという気もしますが、さにあらず。逆に地球周回軌道に乗せてしまうと今度は落とすために逆噴射が必要です。また地球の大気に浅い角度で突入するため落下地点の予測が難しくなります。ミサイルというのはターゲットのなるべく近くに落ちてこなければならないので、水平方向の速度は命中精度を上げるという意味では邪魔になるんです。

ちょっと大げさに両者の軌道を描くとこんな感じになります。赤が衛星の打ち上げ、青が弾道ミサイルの軌道です*1

ちなみに、弾道ミサイル実験で話題になった到達高度4500kmのロフテッド軌道だとこんな感じです。

基本的に弾道ミサイルはブーストフェイズと呼ばれる上昇時に殆どの燃料を使って短時間で速度を上げ、確実に目標に当てるためのわずかな軌道修正を除けば、残りはほとんど惰性で飛びます。これが「弾道」ミサイルと呼ばれる所以。誤解を恐れずに言えば、弾道ミサイルは銃身の無い巨大な大砲と同じです。逆に衛星打ち上げロケットは高度を上げることよりもむしろ、対地速度を上げる方にエネルギーを使います。大雑把に言えば、弾道ミサイルは上に、ロケットは横に飛ぶんです。

打ち上げられたロケットをしばらく監視していれば、人工衛星の打ち上げなのか弾道ミサイルの実験なのかは飛翔経路で見分けることができるはずです。逆にいえば、打ち上げ直後の数分間にどちらなのかを判別するのは難しいかもしれません。安全側で考えるならば、打ち上げに際してはミサイルだと仮定して対処することになるはずです(つまり衛星の打ち上げでもJアラートが出る可能性があります)。

飛翔経路という意味では似て非なるものですが、北朝鮮が行おうとしていることがミサイル実験なのか衛星打ち上げ(ロケット)なのかという議論にはあまり意味はありません。たとえば、観測ロケットなどは衛星軌道には乗らず、弾道ミサイルと同じように弾道軌道を描いて地上に落ちてきます。また、普段衛星を乗せて飛ばしているロケットを弾道軌道で打ち上げることも技術的には難しくありません。また、弾道ミサイルを改良して作られた衛星打ち上げロケットもたくさんあります。たとえば、国際宇宙ステーションに宇宙飛行士を運んでいるソユーズ・ロケットはR-7というソビエト時代の大陸間弾道ミサイルの派生型です。他にもロシアの衛星打ち上げロケットであるプロトン、米国のアトラスやデルタ、欧州のアリアン、中国の長征なども、元を辿れば出自は弾道ミサイルです。

少々乱暴な言い方をすれば、ペイロードが何かを除けばミサイルとロケットは実質的に同じものです。「事実上の長距離弾道ミサイル」「衛星打ち上げを隠れ蓑にしたミサイル実験」というのは、あらゆるロケットの打ち上げに当てはまるレッテルです。後述しますが、北朝鮮はこれまでの経緯から、たとえ衛星の打ち上げだったとしても安保理決議違反であり、国際的に非難されて然るべき立場にいます。打ち上げの是非という意味では、ロケットなのかミサイルなのかは関係ありません。いずれにせよ、ダメなものはダメです。

*1 ここでは、地球周回軌道と比較するために最大高度1500km、射程3000kmと仮定して経路を描いています。実際には新型の火星15号は射程1万3000kmともいわれています。

§ これまでの打上げ

北朝鮮は、これまで衛星の打ち上げと思しき実験を5回行い、直近の2回でペイロードの軌道投入に成功しています。

日時打上げロケットペイロード射場打上げ方位軌道投入
1998年8月31日白頭山1号光明星1号東海衛星発射場(舞水端里)失敗
2009年4月5日銀河2号光明星2号東海衛星発射場(舞水端里)失敗
2012年4月13日銀河3号光明星3号1号機西海衛星発射場(東倉里)失敗
2012年12月12日銀河3号光明星3号2号機西海衛星発射場(東倉里)成功(太陽同期軌道)
2016年2月7日銀河3号?光明星4号西海衛星発射場(東倉里)成功 (太陽同期軌道)

北朝鮮は2012年と2016年に衛星の打ち上げを成功させていますが、この2回はいずれも両極上空を通る極軌道への打上げでした。今回は「静止衛星」、つまり赤道上空の3万6000kmの円軌道への打上げという予告ですから、取りうる飛翔経路も打上げ後の運用も全く異なります。

以下に防衛白書から、1998年8月、2009年4月、2012年12月、2016年2月の実験についての図表を転載します*1

*1 2012年4月の実験は打ち上げ直後に爆発しているため、経路の図示はありません

§ 射場

北朝鮮は1998年、2009年の打上げを舞水端里(ムスダン)の東海(トンヘ)衛星発射場から行いました。こちらは北朝鮮の東側、日本海に面し、東向きに打ち上げるのに適した射場です。一方、極軌道に打上げた2012年、2016年の打上げでは東倉里(トンチャンニ)の西海(ソへ)衛星発射場が使われました。こちらは黄海に面し、南側が開けた極軌道への打上げに適した射場です。

現時点(2017年12月)では、東海衛星発射場では人工衛星の打ち上げ準備と思しき活動は行われておらず、西海衛星発射場で新型エンジンの実験や新たな建設などが行われているようです。

静止軌道への打上げならば、本来は飛翔経路が国内上空を通らない東海衛星発射場のほうが適しています。ただ、この間打上げを行っている西海衛星発射場のほうが施設は充実しているはずですから、安全性を多少犠牲にしても、コストや利便性の面でこちらを使うメリットは大きいかもしれません(たとえば、中国やロシアなども内陸に射場を持ち、ここから打上げられるロケットは自国内上空を通ります)。

§ 打上げ方位角

一般的に静止軌道に衛星を上げる場合、真東に上げるのが最も効率が良くなります。これには大きく2つの理由があります。ひとつは、地球の自転を最も効率良く使えるということ、もう一つは、打上げ後、静止軌道へ投入するための軌道修正が最小限で済むからです。

北朝鮮は1998年の光明星1号、2009年の光明星2号でこの飛翔経路で打ち上げを行っています。ただし、この過去の2回の打ち上げが静止衛星のテストだったのか、単に人工衛星のテストであったかどうかは、いずれも衛星の軌道投入に失敗しているために判断がつきません。もし今回北朝鮮が静止軌道への打ち上げを試みるとすれば、この2回と似たような飛翔経路をとる可能性が高いと思います。

北朝鮮から静止衛星を打ち上げる場合、同様に比較的高緯度から静止衛星の打ち上げをやっている国の例が参考になります。代表的な国は日本です。

日本の静止衛星打ち上げは種子島から行われていますが、種子島宇宙センターの緯度は約30度。これは種子島宇宙センターから真東に衛星を打ち上げると、軌道が赤道から30度傾くことを意味します(軌道傾斜角30度)。これが緯度30度から打ち上げる時に、軌道の傾斜が最小になる打上げ方です。もし打上げの方位角を真東からずらすと、その分だけ軌道の傾きが大きくなります。北朝鮮の西海衛星発射場は緯度39度、東海衛星発射場が緯度40度。つまり取りうる最小の軌道傾斜角はいずれも40度前後ということになります。

静止軌道は軌道の傾斜がゼロですから、種子島や北朝鮮などの高緯度からの打ち上げの場合、この軌道の傾斜をゼロにするための軌道修正が必要になります。もし真東以外の向きに打ち上げれば、軌道の傾斜が大きくなりますから、その分だけ後の軌道修正で余計な燃料が必要になります。何か理由がなければ、静止軌道への打ち上げを真東以外に行うことは考えにくいでしょう。

もし北朝鮮からの打上げに「何か理由」があるとすれば、北朝鮮から真東にロケットを上げると飛翔経路が日本の東北上空を通過してしまうことです(下図赤のライン)。ロケットの打ち上げでは、万が一の失敗に備えて打ち上げ初期段階で人口密集地の上空を通過するコースを避けるというセオリーがあります。このセオリーに乗っ取るなら、ほんの少し北向きに打上げて津軽海峡上空を通すかもしれません(下図青のライン)。北朝鮮から東向きにロケットを打上げて、飛翔経路沿いの国(=日本)に最大限配慮するなら、ほぼこのルートしかありません。

こうした"衛星打ち上げ国なら当然行うべき配慮"を北朝鮮が行うかどうかについては、衛星打ち上げを行うという時点ですでに国際的な約束を盛大にぶっちぎっているので、あまり期待はできないかもしれません。ただ一方で、1998年、2009年の打上げは飛翔経路が津軽海峡の上空を抜けており、このコースを取ろうとしたとも取れます*1。また、2012年、2016年の極軌道への打ち上げでは中国沿岸部を避けてから飛翔経路を曲げる"ドッグレッグ"を行っていました。北朝鮮は人工衛星の打ち上げでは、技術的にできうる配慮はしているようにも見えます。

このルートの最大の問題は、打ち上げ直後にハワイと米国本土の間を通ることです。米国に接近する頃にはすでに軌道に乗っていますから、一般的な打ち上げであれば何ら問題になる部分ではありません。ただ、国連決議を破っての打ち上げであること、この間弾道ミサイルの実験などで米国を挑発していることなどを考えると、かなり大きな問題になる可能性があります。

先にも述べたように、衛星打ち上げロケットと弾道ミサイルはほぼ同じものですから、北朝鮮にとっては「政治的な効果」はこれまでの極軌道への打ち上げとは比較にならないほど大きくなります。逆に言えば、米国からの強い反発(場合によっては実力行使を含む)が起きる可能性も高いということになります。北朝鮮にとっては、政治的利用価値の高いコースとも言えますが、逆に米国への刺激を最小限に抑えるために「最も効率のいい」真東に打ち上げて日本の東北上空を通す、という選択もありえるかもしれません。

*1 衛星打ち上げではありませんが、2017年の弾道ミサイル実験でもこのルートを取っています

§ 打上げ後の軌道修正

北朝鮮が静止軌道へ衛星を投入するとしたら、最大のハードルはむしろ軌道投入後です。北朝鮮からの打ち上げにかぎらず、静止軌道への軌道投入、特に高緯度からの静止軌道への投入は、ロケットのみで目標の軌道に乗せることは極めて困難です。そのため、通常、静止衛星は打上げ後に複数回の軌道修正を行って目標軌道へ投入されます。

こちらも日本からの打上げ、気象衛星ひまわりの軌道を例に取りましょう。

これは、ひまわり8号が静止軌道に入るまでの軌道修正を図示したものです(実際にはもっと細かい修正を行います)。ここでは3回に分けて軌道が徐々に円に近づき、また軌道の傾斜がゼロに、つまり赤道に近づいていっているのが分かるでしょうか?

この場合、地球に最も近づく点(近地点)Aの高度を上げるためには、地球から最も遠い点(遠地点)Bで加速しなければなりません。また、軌道の傾斜を変えるのにも、目標の軌道と接するBの位置で修正を行うことになります。つまり、打上げロケットを使って長楕円の初期軌道に上げ、上段や衛星本体のスラスタを使って複数回に分けてB地点で噴射を行い、円軌道かつ軌道傾斜角ゼロに近づけていくというのが静止衛星の軌道投入の一般的なやり方です。

これには、切り離された衛星の軌道を確認し、衛星と相互の通信を行い、適切な姿勢を取らせて、適切なタイミングで、適切な量の噴射を行う必要があります。しかし、北朝鮮にはこうした衛星運用の経験がありません。

北朝鮮はこれまで人工衛星の軌道投入に2回成功していますが、いずれも打上げ後に衛星がコントロールされていた形跡がありません。衛星は軌道に乗ったものの、電波を発信している形跡がありませんし、また地上からの観測で姿勢制御されておらず、不規則な回転をしていることが分かっています。北朝鮮は衛星を軌道に投入することには成功したものの、いずれも意図したとおりには動作していないと考えるのが妥当でしょう。

これは、北朝鮮は地上局-衛星間で通信したこともなければ、衛星の姿勢制御を行ったこともなく、衛星の軌道修正を行ったこともない、ということを意味します。これらは、静止衛星を打ち上げるには必須の技術です。加えて、北朝鮮は、おそらく自国外に衛星との通信ができる設備を持っていません。このような状況で静止軌道に衛星を投入するのは極めて高いハードルだといえるでしょう。

ただし、ハードルが高い事は技術的に不可能であることを意味しません。それを言えば、2012年の「初の軌道投入で飛翔経路を途中で変更しての太陽同期軌道への投入」も相当高いハードルでしたが、北朝鮮の技術陣はこれを成功させています。またこの時に軌道を変更する技術を取得していますから、これまで成功したことはないが、ポテンシャルは十分にあると言ってもいいかもしれません。

§ 実験の是非(再掲)

最後に、2012年のエントリに書いたことの繰り返しになりますが、北朝鮮の衛星打ち上げの是非について私見を述べておきます。

国連は、これまで何度か行われてきた北朝鮮のミサイル実験に対して国連安保理決議を採択し、再三に渡って北朝鮮に対してミサイル関連技術の放棄を要請してきました。これには人工衛星の打ち上げも含まれます。飛翔体のペイロードが何であるかは関係ありません。たとえ人工衛星の打ち上げであったとしても安保理決議違反であることは明白です。

たとえ一国で独自に開発を行なっていたとしても、ロケットの打ち上げは、実験の失敗、ブースターや衛星本体の落下などで他国に影響を及ぼす可能性があります。また、軌道上の物体は衝突などを避けるために常に監視され、能動的な軌道離脱や軌道の変更が頻繁に行われています。つまり、宇宙空間はすでに人類の共有財産として維持管理されている場所です。そのような場所を利用するにあたって、国際社会において果たすべき義務や責任を負わずに打ち上げを強行するのは非難されてしかるべきだと思います。

実験の失敗は望みませんが、成功しても祝福はしません。北朝鮮が今回の実験を中止し、将来国際的な信頼を取り戻した上で、宇宙開発の場に戻ってくることを願います。