2012-12-10 北朝鮮の「人工衛星」の飛翔経路予測
§ (追記:2016-02-04)2016年2月の北朝鮮人工衛星打ち上げ予告について
北朝鮮が2016年2月3日に再び人工衛星の打上げを行うと国際機関を通じて通告しました。現時点で打ち上げ予定日は2月8日~25日、時刻は北朝鮮時間の7:00~12:00(日本時間7:30から12:30の間)となっています。第1段、フェアリング、第2段の落下予測海域が通告されていますが、2012年とほぼ同じ海域です。以下は2012年の打上げの際の内容ですが、現時点では、経路予測を含め付け加えるべきことはほとんどありません。
(追記:2016-02-07 )日本政府から北朝鮮が2月7日午前9時31分頃に打ち上げを行ったという発表がありました。第1段は9時37分頃、フェアリングは9時39分頃にほぼ予定の海域落下。9時41分に沖縄上空を通過。第2段は予定の海域から外れ9時45分頃フィリピンのルソン島の東側付近の海上に落下。残りの物体は飛翔を継続したとのこと。
(追記以上。以下、2012年に書かれたエントリです)
§ もし北朝鮮の打ち上げが本当に人工衛星だったとしたら?
北朝鮮が4月に続き、今年2度目の人工衛星打ち上げを行うと宣言しました。現時点では打上げ予定は12月10日~29日(当初22日)となっています。メディアでは例のごとくミサイルか否かという議論で持ち切りですが、もしあれが本当に人工衛星の打ち上げだったら、という議論はあまりされていないようです。せっかくなので、現在出ている情報を元に北朝鮮の「人工衛星」について分析をしてみましょう
(追記:2012-12-10) 北朝鮮が打ち上げ予備期間を1週間伸ばし、12月10日~29日とする旨発表しました。
(追記:2012-12-12 10:45) 日本政府から北朝鮮が12月12日午前9時49分に打ち上げを行ったという発表がありました。同10時1分に沖縄上空を通過、どうやら第1段、第2段ともに予定の海域に落下した模様。
§ (追記 2012-12-12 14:00) 衛星の打ち上げに成功した模様
12月12日午前9時49分の打ち上げを確認。続いて第1段、フェアリング、第2段ともに予定の海域に落下が確認されました。その約2時間後には米戦略軍から軌道要素が公表され、またNORADが「打ち上げられたミサイルから物体が切り離され軌道に投入されたと見られる」と発表。北朝鮮が衛星の打ち上げに成功したと見て間違いないでしょう。
ref. NORAD acknowledges missile launch
米戦略軍から公開されたこの衛星と思しき軌道要素は、軌道傾斜角97.4度、近地点高度491.87 km、遠地点高度585.12 kmとなっています。
1 39026U 12072A 12347.09611576 -.00000066 00000-0 00000+0 0 10 2 39026 097.4047 036.0317 0067405 176.3492 277.5861 15.08261084 19
まだこれが実際に光明星3号かどうかの確認は取れていませんが、この軌道要素を元に過去の位置を計算してみると、時刻・位置ともにほぼ北朝鮮の打ち上げと一致します。
ref. SatPlot
第1段、第2段が予定通りの海域に落下したにもかかわらず軌道傾斜角が97.4度になっているということは、第3段点火後に西にむけて軌道を修正した可能性が高いと思われます(詳しい説明は下記エントリを参照してください)。これが正しければ、北朝鮮の衛星はほぼ理想の軌道に投入されたということを意味します。若干遠地点高度が高いですが、衛星にスラスタがついていれば修正はさほど難しくありません。
戦略軍から発表されている軌道要素に基づく現在位置はこちらからどうぞ。
§ (追記) その後の衛星の状況
その後、地上からの観測で太陽に照らされている時の明るさが規則的に変化していることがわかりました。これは衛星本体が意図しない回転していると思しき状態です(事前に発表された衛星の形状が回転するように作られていません)。また通信等が行われている様子もなく、軌道にも変化がないため、軌道投入には成功したものの、衛星本体は動作しなかったと思われます。
(追記以上。以下、打ち上げ前に書かれたエントリです)
§ 前回の打ち上げ
前回の打ち上げは、日本時間2012年4月13日午前7時39分に行われました。しかし、ロケットは打ち上げ約90秒後に爆発、破片は黄海上に落下したとみられています。飛翔経路の最初期段階だったため、これが本当に衛星打ち上げを意図したものか、弾道ミサイル実験だったのかについては定かではありません。
この時の打ち上げでは事前に海外メディアに対して衛星を公開したり、打ち上げにプレスを招いたりと積極的に情報公開を行い、また失敗についても当日に公式発表を行なっています。今回はこのような情報公開は行われていません。様々な事前情報から、今回の打ち上げはおおむね前回に準ずるものと考えられていますが、実際に同じかどうかはわかりません。
§ 衛星打ち上げと弾道ミサイル
まず、簡単に人工衛星の打ち上げと弾道ミサイルの違いをおさらいしておきます。人工衛星というのは、狙った高度で地球を周回するのに必要な速度を出すのが最終目的。つまり地面と水平方向の速度をいかに出すかが問題になります。今回の高度500kmでは秒速7.5kmほどです。逆に弾道ミサイルは文字通り弾道軌道、弓なりの軌道を取って、なるべく真上からターゲットを狙います。これはそのほうがずっと少ないエネルギーで正確に標的を狙うことができるからです。
衛星を打ち上げることができれば世界中どこへでもミサイルを落とせるんじゃないかという気もしますが、さにあらず。逆に地球周回軌道に乗せてしまうと今度は落とすために逆噴射が必要です。また地球の大気に浅い角度で突入するため落下地点の予測が難しくなります。ミサイルというのはターゲットのなるべく近くに落ちてこなければならないので、水平方向の速度は命中精度を上げるという意味では邪魔になるんです*1。
ちょっと大げさに両者の軌道を描くとこんな感じになります。赤が衛星の打ち上げ、青が弾道ミサイルの軌道です*2。
基本的に弾道ミサイルはブーストフェイズと呼ばれる上昇時に殆どの燃料を使って短時間で速度を上げ、確実に目標に当てるためのわずかな軌道修正を除けば、残りはほとんど惰性で飛びます。これが「弾道」ミサイルと呼ばれる所以。誤解を恐れずに言えば、弾道ミサイルは銃身の無い巨大な大砲と同じです。逆に衛星打ち上げロケットは高度を上げることよりもむしろ、対地速度を上げる方にエネルギーを使います。大雑把に言えば、弾道ミサイルは上に、ロケットは横に飛ぶんです。
打ち上げられたロケットをしばらく監視していれば、人工衛星の打ち上げなのか弾道ミサイルの実験なのかは飛翔経路で見分けることができるはずです。逆にいえば、打ち上げ直後にどちらなのかを判別するのは難しいかもしれません。
*1 実は冷戦時代にソ連は一旦軌道に乗せてから敵地上空で逆噴射をして再突入し攻撃を行う「部分軌道爆撃システム(Fractional Orbital Bombardment System/FOBS)」と呼ばれる兵器を開発し、実際に配備していました。弾道ミサイルと違い、最短距離を飛ばす必要がないため、飛翔経路の予測が難しく迎撃されづらいという利点がありましたが、逆噴射のシステムが必要になること、ここに書いた理由で命中率が悪いことなどから一般的にはならず、軍縮協定に伴い廃棄されています。
*2 ここでは軌道の形の違いを強調するために、最大高度1500km、射程3000kmと仮定して経路を描いています。実際には銀河3号の射程は6500km以上、今回は改良型で射程1万kmという話もあります。
§ 飛翔経路
2012年12月1日、北朝鮮は打ち上げに先立ってNOTAMとよばれる航空機向けの通知を出しました。これは航空路の危険や航空関連施設、業務の変更など「航空関係者が知っているべき情報」について通達するもの。ロケットの打ち上げの場合は、切り離されたブースターや各段、フェアリングなどの落下地域が指定されます。
出ていたNOTAMはこのようなもの
A0108/12 (Issued for ZKKP PART 1 OF 2) - DETAILED INFORMATIONS ON THE LAUNCH OF SATELLITE ?KWANGMYONGSONG -3?(2) ARE AS FOLLOW: 1. SATELLITE LAUNCH STATE: DEMOCRATIC PEOPLE'S REPUBLIC OF KOREA 2. LAUNCH SCHEDULE: RESERVED DATE: 09-22 DECEMBER 2012 TIME: 2200-NEXT 0300(UTC) DAILY 3. PLACE OF LAUNCH: SOHAE SATELLITE LAUNCHING STATION IN CHOLSAN COUNTY, NORTH PYONGAN PROVINCE //PART 01 OF 02//. DAILY 2200-NEXT 0300, 09 DEC 22:00 2012 UNTIL 22 DEC 03:00 2012. CREATED: 01 DEC 08:05 2012 A0108/12 (Issued for ZKKP PART 2 OF 2) - 4. DANGEROUS AREA COORDINATES: FIRST STAGE 354406N 1243030E 354407N 1245423E 345836N 1243232E 345843N 1245611E SECOND STAGE 181344N 1234837E 181254N 1244520E 153107N 1234624E 153017N 1244219E FAIRING 334006N 1240747E 333951N 1251229E 322422N 1240750E 322407N 1251137E. GND - UNL //PART 02 OF 02//, DAILY 2200-NEXT 0300, 09 DEC 22:00 2012 UNTIL 22 DEC 03:00 2012. CREATED: 01 DEC 08:05 2012
色々ごちゃごちゃと書いてありますが。重要なのは後半の数字の羅列です。これが危険が予測される領域を囲む緯度経度を指定したもの。このままだとわかりにくいので、地図の上に乗せてみます。
黄色が第1段の落下地点、青色が衛星フェアリング、緑色が第2段です。赤は各エリアの真ん中を通るように引いたもの。このエリアを元におおざっぱな飛翔経路を描くとこんな感じでしょうか。
これは放物線なので厳密に言えば実際の飛翔経路とは微妙に異なりますが、若干カーブの曲率が変わるだけで、見た目はさほど大きく変わらないはずです。
まず、分かるのは、北朝鮮からは、非常に限られた方向にしかロケットを打てないということです。ロケットの打ち上げは万が一の時に備えて、打ち上げ直後に人口密集地の上空を通らないようなコースを選ぶのがセオリーです。そのルールに従うなら、北朝鮮から南に向けてロケットを打ち上げようとするとほぼこのルートしかありません。少し西にそれれば中国や台湾上空を、東にそれれば韓国や日本の本土上空を通ってしまいます。
また、この発表されているルートを取ったとしても、打ち上げ約10分後に日本の石垣島、西表島の上空を通過します。たとえば、第2段の上昇時に何らかの不具合があれば石垣・西表にロケットや破片が落下する可能性はゼロではありません。とはいえ、この段階ではまだ北朝鮮の本土からロケット本体が見えているので、本来ならば所定の軌道を外れた時点で自爆装置を作動させ指令破壊ができるはずです。ただ、コースを外れた場合に適切に指令破壊を行うかどうか、あるいはその機能を北朝鮮のロケットや地上局が備えているかどうかは分かっていません(ロケットなら当然備えているべき機能ですが...)。
もし、本当に落ちてしまったらどうなるのか?これはちょっと予想がつきませんが、たとえ搭載されているのが人工衛星だったとしても大問題になるのは間違いないでしょう。安保理決議に逆らっての打ち上げというだけでなく、北朝鮮は衛星打ち上げ国として当然行うべき他国との調整をしていないからです。
現在、ロケットや衛星などの打上げ国の多くは「宇宙物体により引き起こされる損害についての国際的責任に関する条約(宇宙損害責任条約)」という長い名前の条約に加盟しています。これは、宇宙法を構成する5条約の一つで、打上げたものが他国に落下して損害を与えた場合の責任の所在を明らかにするものですが、北朝鮮はこの条約に加盟していません。また周辺国から抗議の声が上がっていることから、個別にこうした協議が行われている形跡もありません*1。
*1 ちなみに、北朝鮮は「宇宙飛行士の救助及び送還並びに宇宙空間に打ち上げられた物体の返還に関する協定(宇宙救助返還協定)」にも加盟していません。
§ 軌道傾斜角
さて、この北朝鮮の厳しい打ち上げ方位角の制限は、今回の打ち上げで重要な意味があります。
北朝鮮の「光明3号」は「高度500kmの太陽同期軌道を回る地球観測衛星」という触れ込みです。太陽同期軌道というのは、衛星の軌道面と太陽のなす角が1年を通じて同じという特殊な軌道です。この軌道を飛ぶ衛星からある地点を見ると、常に同じ角度で太陽が当たっていることになります。これは地表の変化を観測するのにうってつけの条件、つまり地球観測衛星やスパイ衛星に最適の軌道です。
実は、この軌道は高度と軌道の傾斜角の組み合わせが厳密に決まっています。高度500kmの場合は97.4度。これより大きくても小さくても太陽同期軌道にはなりません。
オレンジ色のラインが軌道傾斜角97.4度、つまり北朝鮮の衛星が理想とする軌道。そして赤色のラインが今回の打ち上げ方位角です。理想の軌道に入れたいのなら、この角度の差をどうにかしなければなりません。打ち上げ方位角を97.4度にすると、飛翔経路に中国の沿岸部の人口密集地がモロに入ります。さすがにここに物を落とすといろいろ洒落になりません。もし、現在出されているNOTAMが正しいとすれば、方法は一つだけ。第3段の点火後に飛行経路を西側に曲げることです。
これは通称ドッグレッグ(犬の脚)と呼ばれる飛行経路で、日本から太陽同期軌道に打ち上げる際などにも使われる方法です。ただ、このドッグレッグを行うためには非常に正確な誘導をしなければならず、また打上げ能力にもかなりの余裕が必要です。初の打ち上げでそこまで細かい誘導を行えるかどうか、また機体の能力にその余裕があるかどうかは現時点ではわかりません*1。
というわけで、北朝鮮の「光明3号」が現時点で取りうる軌道は2つあります。ドッグレッグを成功させて高度500km、軌道傾斜角97.5度の太陽同期軌道に入れるか、打ち上げ方位角のまままっすぐ飛ばし、高度500km、軌道傾斜角90度の軌道に入れるか。
参考までに両方の軌道図を描いてみます。
打上げが成功すれば、遅くとも数時間後にはアメリカ戦略軍から軌道のデータが発表されるでしょう。そうすれば、どんな軌道に入ったかが分かるはずです*2。
§ 実験の是非
最後に、蛇足ながら、北朝鮮の衛星打ち上げの是非について私見を述べておきます。
個人的には北朝鮮の今回の打ち上げには反対です。
国連は、これまで何度か行われてきた北朝鮮のミサイル実験に対して国連安保理決議を採択し、再三に渡って北朝鮮に対してミサイル関連技術の放棄を要請してきました。前回の打ち上げでも、北朝鮮は衛星の打ち上げである旨強調していましたが、国連は先の安保理決議を踏まえ打ち上げ実験を非難する議長声明を出しました。ミサイルか否かにかかわらず、たとえ人工衛星の打ち上げであったとしても安保理決議違反であることは明白です。
たとえ一国で独自に開発を行なっていたとしても、ロケットの打ち上げは、実験の失敗、ブースターや衛星本体の落下などで他国に影響を及ぼす可能性があります。また、軌道上の物体は衝突などを避けるために常に監視され、能動的な軌道離脱や軌道の変更が頻繁に行われています。つまり、宇宙空間はすでに人類の共有財産として維持管理されている場所です。そのような場所を利用するにあたって、国際社会において果たすべき義務や責任を負わずに打ち上げを強行するのは非難されてしかるべきだと思います。
実験の失敗は望みませんが、成功しても祝福はしません。北朝鮮が今回の実験を中止し、将来国際的な信頼を取り戻した上で、宇宙開発の場に戻ってくることを願います。
§ Reference
- Kwangmyŏngsŏng-3 - Wikipedia, the free encyclopedia
- 北朝鮮によるミサイル発射実験 (2012年) - Wikipedia
- The Predicted Path of North Korea's Launch Vehicle (Union of Concerned Scientists)
- An Analysis of North Korea’s Unha-2 Launch Vehicle (Union of Concerned Scientists/David Wright) *PDF
- Defense Internet NOTAM Service ICAO ID=ZKKP (PYONGYANG)
わたしは電気系の技術者です。が 通信系および天体には全くの知識欠如です。今回 初めて接続拝読しましたが 知らないだけで非常に感心しています。ありがとうございました。
技術的に詳しい説明ありがとうございます。<br>人工衛星かどうかは、最終段が地球周回軌道に入るようなロケット発射実験かどうかという技術的は判断だけで良いのに、マスコミは平和利用のものだけが人工衛星と呼びたいようで、意味のない言葉遊びをしていますね。<br>今日12/13の朝日新聞には、わざわざ図入りで人工衛星軌道をロケットの軌道と言い換えて説明していて、噴飯ものです。<br>Webには、ロケット、ミサイル、人工衛星の言葉の違いを正しく理解できずに投稿しているコメントが多くて困ったものです。