2003-07-29
§ [food] アボガドの食べ方
アボガドは熟れているやつと、熟れていないやつでは雲泥の差です。→某氏。
手で軽く押すとへこむぐらいが吉(やわらかすぎると切るのが大変だけどね)。しっかりしているやつは、青臭くて固いスポンジみたいな食感で食えたもんじゃありません。店によって熟れているのを売っているところと、まだのやつを売っているところがあります。店員さんの目を盗んで、手にとって、ぐにぐにと押してみるのがよろしいかと。適正価格は100円から150円ってとこですかね。
そのまま食べるなら、スライスしなくても半分に割って、種が入ってた凹みにわさび醤油を入れてスプーンですくって食べればいい(これが一番メジャーな食べ方だと思っていたよ)。切り方は、手のひらの上で、アボガドの長い軸に対して水平、真ん中に包丁の歯を入れて、種に当たったところでぐるっと一周回し切りする。つまり二つに割れたアボガドが、種でつながっている状態。ここで、左右に分かれたアボガドをねじると、すっと外れる。片一方に残った種を取り出して出来上がり。
わさび醤油でそのままもよろしいが、マグロ丼に混ぜ込んで食べると美味です。
マグロをづけにする時に一緒につけて置けばオッケー(←間違いです)。マグロをつけるたれは、醤油、わさびに、ちょっとだけ牡蠣油とごま油を足して、お好みで少しだけみりんを追加。ほんのり甘辛くして胡麻かけて食べると、ユッケ丼みたいで美味しい。
※一緒に漬け込んだら、アボガドの色が悪くなるやろがい!食べる前に混ぜれば充分や、あほかおまいは!という連れの鋭い突っ込みが入りました。その通りです。すみません、アボガドは、食べる前にボールか何かの中でたれに漬け込んだマグロと、ぐるぐるっと混ぜてください。混ぜる時にアボガドの種を一緒に投げ込んで混ぜると、色変わりを防げるそうです(当たり前だけど、食べる時には取ってね)。
表題作で、不覚にも泣きそうになった。僕がこの人が好きなのは、ロジックのウルトラCや目もくらむようなビジョンより、むしろその隙間にすっと差し込まれた、淡い感情のほうだ。僕はSFはアイディアではなく人を描くものだと信じているけれど、その意味でも、この人は天才だと思う。
イーガンの作品に登場する人々は、圧倒的な「現実」を前に翻弄され、打ちのめされながら、静かにそれを受け入れる。どんなに人々がもがいても、現実は変わらない。時に、彼らは物語が終焉を迎えても、結局何一つ変わらない現実の前に立たされる。静かな悲しみと諦念の中で、それでもなお彼らは顔を上げる。その姿が、どこまでも悲しくて、どこまでも美しい。
SF作家は、「現実にはありえない世界」を精緻に創り上げ、その世界を生きるキャラクターたちを描いてみせる。作家の作る世界が破綻無く強固であればあるほど、キャラクターたちが生きる現実は、ゆるぎなく、退けようのないものになっていく。キャラクターたちの喜びや悲しみはその世界に深く根ざし、その世界が揺らぐ時、彼らの心もまた大きく揺らぐ。現実にはありえない世界の、現実にはありえない喜びや悲しみは、時に現実を越える感動を与えてくれることがある。僕にとってSFというのはそういうジャンルだ。
表題作のラストシーン、主人公たちがかわす何気ない会話への震えるような感動は、紛れも無くSFのそれだと思う。