Garbage Collection


2006-06-19

§ **[sts121] Shuttle launch date set despite safety objections(SpaceFlightNow)

シャトルの打上が正式に7月1日15時48分(日本時間2日午前4時48分)に決定した、というお話。ただし、外部燃料タンクの断熱材の脱落の可能性についてはまだかなり議論が分かれているようです。

これまでの経緯/懸念事項は下記の記事を参照してください。~

ref. STS-121、ロールアウト(Garbage Collection)

今回のフライトで使用される外部燃料タンクからは、前回のフライトで断熱材の落下が確認された「PAL Lamp」と呼ばれる部分が取り除かれていますが、同様に断熱材の落下の危険性が指摘されている「Ice Frost Lamp」はそのまま残されています。

左が前回のフライト、右が今回のフライト。PAL Lampがなくなっているのが分かると思います。

PAL Lamp(Protuberance Air-Load Lamp)というのは、タンクの上の空気の流れを整え、外部燃料タンクの外側を走っているパイプ類を保護するためのもの。Ice Frost Lampというのは、このパイプとタンク本体を接合するブラケットに氷が付着するのを防ぐためのものです。

この間、Ice Frost Lampへの対策が終るまではフライトを凍結すべきだという意見と、このまま打上を行うべきだという意見が対立していました。結局、最終的な投票が行われた結果、このまま打ち上げることに決まったようです。ただし、Ice Frost Lampの改良は今後の打上を見越して続けられるとのこと。

普通に考えれば、PAL Lampが取り除かれたことでIce Frost Lampへの負荷が上がっていますから、断熱材の落下の可能性は増しているはずです。もちろん、風洞実験などで安全性の確認は行われていますが、本番での打上とは振動や熱などの点でかなり条件が違います(まあ、これは見方を変えれば打ち上げてみないと分からないこともある、ということでもあるんですが)。実際、Ice Frost Lampは安全性の評価では「probable/catastrophic」というカテゴリに入っています。これは「致命的な事故が起きる可能性がある」という評価ですから、本来ならば打ち上げは中止されるべき内容です。

今回NASAが打ち上げに踏み切ったのは、「乗務員の安全性は確保されている」と判断したからのようです。万が一再び断熱材の脱落がおきて機体が破損したとしても即座に乗員の命が危険にさらされる訳ではない。この破損が問題になるのは宇宙から帰ってくるときだとすれば、軌道上で修理するか国際宇宙ステーションに避難してバックアップのシャトルが上がってくるのを待てばいい。というわけです。

コロンビア事故の直接の原因であり、その後に改良したはずの燃料タンクのトラブル、ということでNASAの内部がナーバスになっているのも事実でしょうし(特に重大な事故が起きた後は、責任回避のために慎重論が優勢になりますからね)、いっぽうでNASAには2010年のシャトル退役に向けてスケジュール的に延期したくないという事情もあります。記事中でも指摘されているように、100%の安全を求めていたらいつまでたっても飛ばせないよ、というのが正直なところでしょうね。

ここでこの判断の是非を問うのは止めておきましょう。「Ice Frost Lampの危険性は、軌道上での修理、ISSへの避難というオプションでカバーしている」この天秤が本当に均衡しているのかどうかは、外からでは判断できません。NASAの上層部が技術的な観点から冷静な判断を下してくれたんだといいんですが...

§ **補足

上の記事で、曖昧に結論を避けたのには理由があります。少し言い訳をしておいた方がいいかもしれません。

この記事から「NASAはまた安全を軽視してスケジュールを優先させている、事故から何を学んだんだ!」という論調に持っていくのは簡単です。逆に、「人命を再優先させた上で、技術的課題に柔軟に対応できるとは、さすがNASAはリスクコントロールがうまい」と書くこともできます。どちらかに組するのはあまり得策とは思えません。

打上反対派から見れば打上推進派は「安全を軽視している」ということになりますし、打上推進派から見れば打上反対派は「責任逃れのために視野が狭くなっている」と見えるでしょう。どちらに妥当性があるのかは、内部の人間でも判断は難しいでしょうし、外にいる我々にはまず不可能です。もちろん、マスコミは「面白い方」をとりますから、世間の風潮は「NASAが再び安全を軽視」に傾くかもしれませんね。

でも、そんなことよりも、むしろ一番心配なのは議論がIce Frost Lampの安全性だけに集中していることです。もし、断熱材の脱落でシャトルに破損が生じるとしたら、それは本当に耐熱システムに傷がつく程度で済むのか(メインエンジンや姿勢制御システムを壊したりしないか)?とか。直すっていっても、今回のフライトでもその練習をするはずの技術じゃないの?まだ修理したものを大気圏に突入させてみたわけじゃないよね、とか。代替機を飛ばすといっても、どれくらい時間がかかって、どれくらいのリスクが生じるの?とか。っていうかそうなったらディスカバリーは廃棄?じゃあISSは完成しないよね、とか。考え始めればファクターはいくらでも増えていきます。

どこまでNASAは想定しているんでしょうか?上の記事で「Ice Frost Lampの危険性」と「修理・避難のオプション」を天秤にかけたのはこういうことです。前者の議論はひたすらされていますが、後者の議論がまるで見えてきません。前者の担保として後者を持ち出すなら、ちゃんとその現実性が充分に議論されていなくちゃダメです。本当なら「Ice Frost Lampの危険性をカバーできるほど、修理・救出のオプションは現実的なのか?」という議論がなされてしかるべきです。でも、残念なことにその問いも、その答えも聞こえてきません。

これまで書かれた記事やNASAからの発表だけでは、この判断の是非を問うことができないというのは、こういう理由です。

本当に信じていいんですか?グリフィンさん。