風もなく、波の立たない真っ黒な水面は、 雲一つない空をうつして、まるで満天の星空のように見えた。 かれの手が"いってらっしゃい"と動く。"いってきます"。 ライトが消える。わたしは独りになる。 ゴムボートは滑るように、湖の中ほどを目指す。 巨大な円筒形のシルエットが徐々に近づく。水の中にそそり立つ5本の柱。 わたしはたどり着く、その場所に。 うしなわれたものたちの記憶。あの日々の名残。 ほこりっぽい風と、よどんだ水の匂い。たちのぼる工場の煙、塩分を含んだ湖からの風。 友人たちの笑い声、地下水を汲み上げるポンプの音、わたしの名前を呼ぶあの人の声。 何百年も昔だといわれれば、そんな気もするけれど、まるで昨日のことのような。 涙が、あふれだす。悲しみではなく、もっと透明な何か。 わたしを呼ぶ声が聞こえる。 わたしが最後に聞いた、あの声が、今もわたしを呼んでいる。 ごめんなさい、世界が壊れてしまったのは、わたしのせいなのかもしれない。 涙は、とめどなく流れつづける。何も見えなくなる。 ごめんなさい。 でも、ありがとう。 inspired by 蝸牛都市(劇団天使エンジン) |